画塾

17,8年前、院展で常識にとらわれない面白い絵を見たが、その小松澄佳先生が王禅寺に住んでおられるのを知り、柿生の奥にある先生のお宅を訪ねた。小松先生(大正15年生、女性)はお母様と二人で暮らしておられた。先生の絵は綺麗という絵ではないが、独特の雰囲気があり、心を打つものがあった。

昔、この辺りが野原だった頃、お父様である小松均(院展)が土地を求められたので、先生の家は山を背にした千坪の敷地の中にあった。樹木が茂り、花壇や畠が作られていた。庭には山に捨てられたのも混じって鶏が7、8羽ほどおり、犬もいる。3匹の猫は内外出入り自由で、私達の写生している傍で寝そべっていた。犬や猫は代替わりして、何時もいた。

朝10時にお宅に行くと、広い居間のテーブルの上にはその朝切ったばかりの、みずみずしい薔薇や椿、アイリス等が大きな花瓶に入って置かれ、その傍らには、果物や、竹薮で採れた竹の子、干し柿などが画材として並ぶ。それを自分の好きな角度から、好きなものを選んで組み合わせて描く。庭に出て写生をしてもいい。前の分譲地の草の上で周りの風景を写生する日もあった。先生も一緒に写生された。



お昼は各自、持参したお弁当を広げるが、お母様はお茶の用意をして下さり、自分の畠で作られた蚕豆や、南瓜の煮物、等を御馳走をして下さる。私達も有り合わせがあれば持参した。自作のバナナケーキやお赤飯を持ってくる人もいる。午後は4時頃まで、続きを描いて仕上げる。月謝がとても安いのに、庭のお花や、裏の竹薮で取れる朝掘り竹の子を沢山頂いて帰った。

クリスマスには美味しいお寿司が用意され、賛美歌や昔習った歌を合唱した。他の画のグループと合同で開いたウイーンでの「墨絵展」では、先生と一緒に会場当番をしたり、ロマンチック街道を旅した。

此処の絵は直接墨で写生する。先ず濃い墨で線を書く。線は点の集りなので、点をこころして書くようにして線を引く。濃い墨のまま、細部を書く。彩色は全くしないか、又は少しだけ彩色する。色として薄墨を使うが、全体を水墨画のように墨を薄めてかかない。

先生は、基本は基本として、私達生徒は素人なのだから自分らしく描けば良いと、あまり意見を言われたり、手を入れて直したりされなかった。私はいつもいい加減に時間を過ごしていたのだが、その教室の雰囲気が好きで都合で半年、1年と休んでも又戻ってきていた。

先生はいつまでも少女のように純粋なところがあり、自分を曲げての世渡りが出来ず、随分損をされたと思っている。

何年か前、京都におられたお父様が亡くなられた。いまやマンションや高級分譲地に囲まれたこの王禅寺の土地は、莫大の相続税の為に売られ、雛壇の分譲地に変わった。先生はその一角に現代風な家を建てらたが、それから1年あまり、71歳で急逝された。

6年前、私のグループ5人は、以前、画展をした事のある渋谷の電力館で「先生を偲ぶ会」展をした時、画塾の思い出を書いて小冊子を作った。中の一人が「桃源郷に遊ぶ」と題した。うまい題をつけたと感心した。
今や全く姿を消したあの家の在った景色を時々眼に浮かべている。

(絵の中に犬1、猫3、鶏3います)


画とR 画とR(小冊子)
H17/12

 

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