夕方の訪問者

           
五時を過ぎたばかりだが、早めに夕食の支度をしていると、チャイムが鳴った。今日の午後、スーパーで買い物をして配達を頼んだら、六時からの配達時間に届けます、と言われたが、都合で早く来たのではないかと勝手に思い、確かめもせず玄関に出て戸を開けた。

 立っていたのは、老人会で知り合ったKさんである。暮れようとしている今時、どうしてこの人が来たのだろう、と、いぶかしく思っていると、「御免なさい、お願いがあってきたの」と先ず頭を下げる。

 私はこのごろあまり地域の老人会に顔をださないが、数年前、老人会でKさんと初めて会った時、何となく気が合って、すぐあれこれとお喋りをした。その時、私より一年年下だが早生まれで、学年は私と一緒なのを知った。早く夫をなくして子も無く、ずっと働いてきたそうだ。今私の家から大分離れたアパートで一人住まいをしている。



「B新聞を二ヶ月間ポストに入れさせて欲しいの。代金は私が払うけれど」と宗教関係の新聞の名をいって、拝むように頼む。今、Kさんはその係りだそうだ。又か、これでこの新聞を頼まれるのは二回目になる。引き受けると、この新聞と、古新聞を回収する朝日新聞とは区別して、毎日、別にB新聞を始末しなくてはならない、面倒だな、一瞬その思いが走った。

以前、この新聞を頼まれたのは、すぐ近くに住んでいつも挨拶している人だったので断れず引き受けた。このB新聞を息子に見せると「宗教に関係のある新聞は自分なら絶対引き受けない」と言っていたが、私と息子とは近所との付き合い方が違っていても仕方が無い。私は四十年以上この土地に住んでいて、一人住まいだ。

このB宗教について、今までの私との関わりを考えると、近いところでは、去年まで私の家に来ていたヘルパーさんはこの宗教だった。両親から彼女へと伝わり、息子さんは難関といわれるこの宗教の名のついた高校に入ったと言っていって喜んでいた。彼女は四十歳台のうちにヘルパーの上級の資格を取りたいと勉強していた。勤め先の事業所を変えるまで、私の家で三年間真面目に仕事をしてくれていた。

もっと遡って、四十数年前、この土地に引っ越してすぐ、隣の広い敷地に幼稚園が出来た。今はもう立派な鉄筋二階に変わっているが、そのころはバラック建ての園舎だった。その園舎の中で夜になるとB宗教の若者の集会が時々開かれていた。窓を開けている夏には、そこで集会する若い人々の声が言葉まではっきりと伝わってきていた。

自分がどうしょうかと悩んでいたとき、このB宗教を知って如何に救われたか、仲間が声をかけてくれていかに有り難たかったかを、若者たちは、それぞれ涙声になって体験発表をしていた。私には関係のないよその世界で、興味がなかったが、こうやって元気を得ている人もいるのを知った。だからといって今、私自身には全く縁のないこの新聞を受けてもいいのだろうか。

Kさんはあまり運のいい人生とは思えないのに、誰が見ても明るい。自分が美味しいものを食べるより、人にそれをあげるのがもっと好きだそうだ。「私はこのB宗教で友達もたくさんできたし、日々が幸せと思っている」と言う。
お互い待っている人も無く、夕飯を急ぐ理由もないので、そのままほかの話題にも及んでしまい、途中、玄関の電気をつけたが、気がつくと大分暗くなっていた。 

「引き受けますよ、でもあんまり読まないかもしれない」と言うと「有り難う。けれどサッとでいいから目を通してね」と言うので、「そうね、サッとならね」と答える。

送りがてら玄関を出ると、街灯がついて辺りの道路を照らしている。家の北側にあった駐車場が壊され、新築の家の工事が始まっているが、あちらこちらに明かりをつけながら、職人さんが数人、まだ仕事をしていた。

                                                                                       課題  縁
H20/10

 

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