初夏の上野

薬師寺展も、もうすぐ終わりという時、Uさんと一緒に上野の東京国立博物館の薬師寺展行った。Uさんは私と同い年の八十四歳、横浜の二DK社宅にいた六年間、子供たちが小学生の頃に隣同士で住んでいた。私は背中が丸くなってきたが、Uさんも大分前かがみになっている。しかし、杖もカートも無く荷物を持って歩けるのは、まだ九十才の元気なご主人のお世話の役目があるからかもしれない。

十一時上野駅公園口で待ち合わせる。Uさんは富岡駅から京浜急行で来られた。既に薬師寺展に行ったUさんの娘さんから、入場券を買うのに三十分、中にはいるのに一時間半かかったと聞いているので、混んでいたら入るのを止めましょうといいながら、駅から続く人の流れの中に入って国立博物館へと向った。のろのろと歩いている私達は、後ろから来る人達に次々と追い越されるが、人なみの中に混じって一人前に歩いている気分が嬉しい。途中の道の傍らに皐月展が催されていたので、賞を受けた鉢だけさっと見る。



国立博物館前に着くと、先ず切符を買う行列が正門前の道に沿って遥か遠くに続いている。館内の敷地には、どの位いるのか、三,四列位になって曲がりくねった行列が遠くの入場口辺りまで埋めている。あまりの人数の多さに迷ったが、何かいいことがあるかもしれないと、切符売り場で整理をしている係員に身障3級の赤い障害者手帳をみせると「このまま二人で入場口に行ってください」とあっさり言われた。半信半疑で館の入り口にゆくと、私の付き添い役をUさんとして、二人、入場券も買わず、すぐ館内に入れた。長蛇の列を見ているので、幾ら身障者でも、無料で簡単に入りすぎて申し訳ない、と言っていると、傍の係りの女の子にどうぞこちらへと声を掛けられ、エレベーター乗り場に案内された。降りてきたエレベーターで車椅子の方と交代して、会場に行く。

会場は混雑していたが、二つ並んだ薬師寺の日光菩薩立像と月光菩薩立像を、前面から又後方に廻ってみる。常時は見られないという、なだらかな後姿の体の線が優美で心に残った。思い切って出かけてきてよかった。館内を少し歩いてから、お土産売り場に行く。特別に変った物も無いが、地方の友人や、もう外出できない人へのお土産にと、京都のお菓子やメモ帳など何点か目に付いたものを買う。外に出て、敷地内にある東洋館の食堂で昼食をとった。

そこを出て、鳩のいる中央広場に近い、「鶯だんご」の店に入る。此処は何だか昔から好きで、上野に来たとき、必ずといっていいほど寄る。雑然とした草や木の中にある暖簾姿の店だ。三色のお団子とお茶をゆっくりといただく。

老人手帳を見せると無料なので動物園に入り、園内の道を通って不忍池口へと抜ける。不忍池は水をたたえ、水鳥の群れがあちこちにかたまっていた。青葉の風の中で、若い男女が気持良さそうにボートをこいでいる。池の中央にある弁天堂に寄ってから、池にかかる歩道に沿って対岸にある通りを渡り、裏手にある旧岩崎邸庭園に向った。

坂を上り、入り口近い門番小屋でカートなどの荷物を預ける。岩崎邸の洋館造り建物は大きく立派である。玄関入り口に備えられている室内用の杖を二人で借りた。じゅうたん敷きの廊下を道順に添って歩き、それぞれの部屋を見る。金張り模様の壁や豪華な家具のおかれた洋風客間、広々とした緑の芝生の庭を見渡せる二階のベランダ、さすがに明治時代に三菱を興した岩崎家の建物である。最後に階下の庭に面した日本間で抹茶をいただく。私達には腰掛けの椅子が用意された。四時過ぎにタクシーを拾い上野駅に戻る。

この日は珍しく長時間歩いた。同じ年齢の友人と、だらだらと歩きながら喋ったり、すぐベンチで休んだりの歩きは無理がなかったからだろう。
 
H20/07

 

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