老犬


次男が犬を連れてやってきた。キャバリア、九歳。お腹と尻尾は白く,胴は茶と白のコンビになっている。名はノエル。息子と一緒にきたのは二年ぶりである。
次男の家はマンションなので、私から見ると犬が可哀そうに思うが、周りの家にはもっと大型犬もいるらしい。

犬を飼い始めて、旅行記だけだった息子のH.Pは、写真入りの子犬の成長記やら、散歩中のムービー、予防注射情報など、ノエル専門のコーナーが出来た。

最近のこの犬についてのH.Pを見ると、「目の上の白い髪が多くなった。散歩も以前のように力強く紐を引かなくなった。ゆっくりしか歩けないし直ぐ疲れて帰りたがる。調べると、この種の犬は、九歳から十四歳くらいの寿命らしく、このうちノエルのように大きめの方が弱いらしい。もうすぐ十歳になるので心配だ」とある。そして「ゆっくり歩いていいから、長生きしろよ」と付け加えられている。 

車から降ろされると犬は、玄関から顔を出した私にすぐ飛びついてきた。なるほど顔の目の上あたりに以前無かった白い髪が目立つ。一時ダイエットをしていたはずだが、あい変わらず少々太り気味である。



ノエルは玄関に上がると直ぐ勝手知った家と、あちらこちらと歩く。息子の家の犬なのだから、孫待遇である。汚れはあまり気にしない。
開けてある戸から庭に出てうろうろと歩き回るので、買ったばかりの新しいデジカメの調子を試す格好の被写体となった。

 庭にいた私が、台所のそばの椅子に座って休憩したのを見つけて、直ぐにノエルが傍にやってきた。お座りをして私をみつめる。
小さい頃、とても可愛いらしかったので、こんなことをしてはいけないのを承知で、この場所で牛乳やご飯を少しやったのをしっかり覚え、私がこの椅子に座ると、何か貰えるはず、と寄ってくる。

悪い癖をつけてしまったとは思うが、近ごろ、私がこんなに真剣な期待の眼でみられる事が無いので悪い気はしない。私の横にお座りして半歩前にいざり、おちょぼ口までしているように見えるノエルに、何もしないわけには行かない。

先ずバナナ半本をちぎりながらやるとたちまち飲み込む。不足そうなので、食卓にある蕗の煮物を出すと何回が咀嚼して食べる。何本かやってから、塩味が良くないか、と生大根の千切りをやると、これもパクリと美味しそうに食べた。

甘やかしていけない、とも思うが、犬は人間の一年で七歳年をとるというので、今や七十歳近い。この犬はもう元気に走り回れなくなったのだから、人間と同じように、節制ばかりするよりも嬉しいと思う時間がたくさんあったほうがいいのではないか、と私は勝手に理屈をつける。

四十三年前この家に越してきた頃、麦畑の中の一軒家なので、雑種犬を飼った。そのころは人間の食事の残り物をやるのが当たり前だったので、ご飯に煮魚の残りとか、味噌汁の出しを取った後の煮干とかが加わった。今考えると塩気が多かったなと思う。しかし、栄養たっぷりとはいえ、今の粒状の餌を見ると簡単だがなんとも風情がない。人間のお下がりご飯でも、栄養も考え、犬の為に魚の身をわざと残したりして按配した食事も、悪くなかったのではないか。

午後からかねてやりたかった二階の押入れの整理を息子に手伝って貰う。十七年前の夫の洋服などが、捨てきれずまだ残っていたが、「不用のものは何でも捨てる」と言って、全部ごみ袋にいれてくれたのは有難い。

仕事中、ノエルは私達の動きに沿って階段をのろのろと上ったり降りたりしたがそのうち階下にいるだけになり、居間で、昼寝をしていた。
夜になると、この家では私が主人で息子は二番目と分かっているのか、階下で私のベッドの傍に来て寝る。

翌日朝、私が遅く起きると、ノエルはもう食事を貰って、散歩を済ませていた。数年間治っていた耳の病気が、最近になってから調子が悪いようだ。「早く病院に連れて行ってもらいなさいよ」と私に言われながら、昼過ぎ車に乗って帰っていった。
 

課題  くせ
 
H19/06

 

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