着物

             
 先日、久しぶりに嫁のM子と孫のS子と日本橋へ行った。S子は着物が好きで、和裁を習ったり、着付け教室に通ったりで、自分で着物が着られる。三年前、結婚をしたが、未だ共稼ぎをしていて、留め袖を買いたいという。

 その日、日本橋の三越で待ち合わせ呉服売り場にゆく。中年の女性店員に黒留袖を、というと、すぐ試着室に案内された。

店員は売り場から七、八枚の留袖を選んで運んできた。 S子がちょっとした陰に隠れ、白い襦袢と、簡単に出来た白足袋風のものをはいて、三方が鏡の小さい舞台のような畳敷きに出てきた。店員は慣れた手つきで重ねてある黒留めの上の一枚を取り,肩に掛け、前を合わせて形を整え、金色の半幅帯を後ろで仮留する。



前にある椅子に腰掛けてその姿を見ている私とM子のお喋りの様子を確かめてから、次の着物を取って着せ、又その様を見せる。

私は娘がいないので、こんな着せ替え人形のような場面の経験が無い。
結局長時間付き合ってもらったものの、これと思うものが無く適当な挨拶をして三越を出た。

今から十四年前、私は心筋梗塞で入院した。心臓の大事な二本の血管が塞がり、心筋梗塞では一番重い三級傷害者となった。退院後、私は箪笥の中の物を全部、二階の座敷に広げて、このM子、S子に見せた日があった。お茶会に着てゆくような外出着も何枚かあるので、使うものがあったら何でも持っていって欲しい、と言うと、S子は早速派手な帯を持っていった。

三年前のS子の結婚式では、私には和服を着るのが無理なので洋服を新調した。嫁のM子は、留め袖は実姉の着物を借り、帯は、私の母が大正時代嫁入りの時持ってきた丸帯を、二本に作り変えた帯が気に入っていて、これを締めた。レトロな宝船の色柄は今も昔の輝きを保っている。私の留め袖も出してみた。姉と一緒にデパートを回って買った留袖は、作ってからもう三十数年、着物は綺麗だが、襦袢の羽二重の白の色があまりにも変色していてとても薦められなかった。

これまで、私の友人たちから、自分の娘にも着物は一切不要と断られて、あんなに大事にしていた着物の始末に困っている話をよく聞いていた。上等な紬を普段のブラウスに作りかえて着ている人もいるが、私が見ると着物がなんとなく痛々しい感じだ。

この日、久々に三越で和服に触れ、時々防虫剤を入れるだけで、時の過ぎるままに二階の部屋に放ってある着物を又、思い出した。

ある日、嫁のM子が家にきたので言ってみる。「もう着物は箪笥ごと要らないので、全部貴女の自由にして頂戴。私の留袖を着るなら襦袢を新調して渡すので どのくらいの費用が懸かるか調べておいて欲しい」というと「次女(30)と三女(27)の結婚がどんな風になるのか見当がつかないので、様子が決まってから襦袢を考えます。箪笥は置き場がないのでここに置いておいてください」という答えが返ってきた。

    課題 きっかけ

 H21/12

 

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