ケーキの店

 同年配の友人と三年ぶりに町田駅改札口で待ち合わせた。二人揃って街の方に歩きかけると、薄暗かった場所に、以前には無かった洋菓子店が出来ていてそのあたりがパッと明るい。午前の開店直後なので、カット前の苺、や黄桃クリームチョコレートで飾られた、大きな丸いケーキがケースに幾つも並べられ照明を浴びている。其の美味しそうな彩りに誘われて思わず足が止まり、買う気はないが、黙って二人でそのまま華やかなケーキにみとれていた。一個四百円。見ているうちに若い女の子が店に来てあれこれ注文して箱に入れてもらっている。これはいつも街で見慣れているもので、特別な風景ではない。

こんなケーキ店をみても、普段は何も感じないが、戦争中の食料不足を知っている私達二人が揃うと、日常、当然のようにこんなケーキを味わっている私達の今の暮らしぶりを考えてしまう。「昔はこんな贅沢なケーキは考えられなかったわね」。



ふと私の目に、ぼろぼろ姿で、遠くの国の密林を餓鬼のようになってよろよろと歩いている兵隊の姿が重なって見えた。彼らはこんな苺やクリームたっぷりのケーキを見たことも無く、ひたすら日本の国や妻子の安泰を願って故郷を離れて戦っていた。それでも戦後の日本の様子を見られた者は仕合わせだ。あのまま永久に消えた人達。

「こんなものもは想像もつかなかったでしょう。一つでも食べさせてあげたかった」照明に輝くケーキの前で私達二人がしみじみと言う。ケーキを見てそんなことを感じる者も少数派になった。歴史の流れのなかに生き、現在を平穏に暮らしている私たちには、折りに触れて思い出すことしか、同じ時代に生まれて過ごし、若くして散った男達への感謝の方法がない。

H20/08

 

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