クラス会

今年なってから、クラス会が二度あった。まだクラス会があるなんてと、周りから羨ましがられている。

はじめは女子大付属小学校の会。八十才になった時、クラス会は終りにしょうと、目白椿山荘で少し大げさな会をした。東京の学校なので大部分の人が首都圏におり、その時十九人が出席した。しかし、まだ元気なのに惜しいと言う声が上がってそれ以後三回クラス会をしたが、毎年出席者は減って行く。

今年の小学校は、新宿にあるホテルの洋食レストランに七人集った。終始、外人男性のサービスを受けた。料理は見た目がきれいに飾られ、蛙の肉のから揚げは、初めてだった。

 小学校のころ、日本舞踊に力を入れていた人は、いまだ娘さんと一緒に師匠として活躍している。こんな人は話が面白く賑やかだ。茶道に行っている人、教会で子供にお話を読んで聞かせている人もいる。それぞれに小さい頃からの性格は変わらない。この中で夫のいる人は一人になった。



次は女子大の会、新宿デパートの中にある中華料理店で、急にクラス会をすることになった。同じく七人が集まった。同級生は全国に散らばっているが、遠い人は甲府からきた。九人集まる予定で料理を頼んだのに、とうとう二人現れなかった。後で聞くと、出かけたものの場所が判らなかったり、日を間違えたりしている。出席者、七人で九人分の料理を平らげてしまったので、出席するような者は食欲も旺盛だった。

私は歩行に楽な小さいカート持参でいったが、同じカートを右手に持ち、左手に杖を持って、両手使いで来た人がいて驚いた。でも格好より転ばない方が大事だ。

私たちは戦争中で半端な授業しか受けなかったが、戦後、母校や他の大学に入り直して勉強し、医一人、理一人、工理二つ一人、と、学位をとった者が三人いる珍しい組である。独身で大学の先生をしていたKさんはクラス全体の情報をつかみ、六年前から幹事を引き受けている。タフで、この夏も中近東に行ったようだ。

H20/09

 

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