階段

 隣駅前の歯医者に行き、治療を受けたあと、めったに行かないその近くの郵便局にいって用事を足した。この郵便局から反対側にある駅前スーパーに行くのに眼の前にある小田急線をまたいでいる陸橋を渡たるか、大分戻って、普通の信号のある踏み切りを渡るかで、どちらにするかで、少し迷った。

階段を選び、道路を渡り陸橋の下まで行く。私はいつもショルダーを肩に掛け、杖代わりに四輪のキャリーバッグを持っている。二`あまりの物だ。
左手にキャリーグバッグを抱えるようにして持ち、右手でしっかり階段の手すりをつかみ、一段一段と上り始めた。右膝が痛いのでいつも左足を先に出して一足ごとに揃える。ゆっくりしか進まないが、慣れているので一番安定する。

七、八段上った所で後ろから「お荷物を持ちしましょうか」と女性に声をかけられた。
「大丈夫ですから。有難うございます」と私は答える。女性は私と同じ段まで上がって来て「重そうだからお持ちしますよ」と重ねていう。六十歳位の奥さん風の方で、怪しそうな人ではない。
どうしょうか。私自身は階段での苦労を承知でのぼっている。しかし、外から見たら、すごく難儀しているようにみえるのかもしれない、と考えながらも、瞬間、「慣れていますから大丈夫です」と答えていた。二、三のやり取りをしたあと、「お気をつけて」と言う声を残して、私を追い越して去っていった。



陸橋の階段を一段一段と降りて、近くにある駅前スーパーに入る。キャリーバッグを決められた置き場におき、スーパー備え付けの大きいカートに、体重を委ねて、入り口に並んでいる野菜から順に見て行った。夕方なので大分混んでいる。中ほどの魚やさんまで来た時、あら、と言う声。先ほど陸橋で会った奥さんが立ちどまって、「又会いましたね」と言うような顔で、にこやかに私を見ていた。その顔をみて私も会釈を返した。瞬間、自分で出来る事であっても、さっき陸橋で、彼女の好意を受ければ良かったと後悔した。

他人から見えている私の年齢や体力の様子に対して、親切に声をかけてもらったら、それを素直に受けた方がきれいだ。それに、若いころは知人に出会えば、私の方が先に気がついて声をかけていたのに、最近は先方からばかり声をかけられている。まわりを見る注意力がなくなった証拠だろう。

翌日、用事で家の近くの階段を降りていた。やはり片手で鉄棒に捕まり左手にカートを抱えながら片足づつ降りる。中ほどまで来たとき、後から早足に降りてきた若い女性に「荷物をお持ちしましょう」と声をかけられた。私は迷わずキャリーバッグその方に預け、軽くなって階段を降りた。

 
H22/05

 

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