鍵

タクシーで家に帰ってきた。この日、新百合に行って、メモをしてある紙を見ながら、買物をしたので大荷物となっていた。
鍵を出し何時ものように玄関の、鍵穴に鍵を差し込んで回す。
しかし、鍵がまわらず、ドアーが開かない。

思えば一昨日は雨の日だったが、一回、回して動かず、少し慌てて試しているうちに鍵が動いたのを思い出し、いろいろやってみるが今日はびくりともしない。
どこか締め忘れて外から家に入れるところは無いかと庭を回り、窓を触ってみるがどの戸も動かない。如何したら良いかと暫く玄関前で思案する。雨の日でなくて良かった。
携帯電話を持っていればセコムを呼んで助けを求めるが、家の中に置いてきた。どうしてもお隣のFさんの力を借りなくては家の中に入れない。

       

Fさんの家のブザーを押して奥さんを呼び、事情を話した。私の家の玄関前に来てもらい、奥さんにも鍵を試してもらったがやはり開かない。二十年ほど前、同じ町会にある鍵屋で、鍵をつけ変えてもらっている。鍵屋の場所は判っているが、店の名前が不明で、何丁目辺りの鍵屋と言って、Fさん夫婦が町会名簿を見て探して下さるのを待った。
やがて奥さんが出てきて「其の鍵屋さんが二十分位したらこちらに着くそうです」といって戸外に出てこられた。

玄関前で奥さんと待っていると、やがて黒い車が現れた。七十歳位に見える鍵やさんは、私の持っている鍵をそのまま使って、たちまちドアーを開ける。家が古いのでゆがんでいたのかもしれない。
車から道具を出して、ドアーの鍵の部分を引き出して細工をし、もとにはめ込んで修理完了となった。

仕事が済んで、そのまま玄関前で隣のおくさんと三人で話し込んだ。
すっかり顔を忘れていたが、二十年前この鍵をつけた鍵やさん、その人だった。「この鍵はあと百年でも使えるよ」と言う。この辺りにくるのは久しぶりだそうだ。

去年まで、私の家の前にあって、春になると私の庭にまで良い香りをはこんでくれていた梅林百坪くらいの土地が造成され、この春、背の高い今風の家三軒が建った。その前に建っている今は三代目が住んでいる白いペンキのはげた家を、懐かしそうに眺めていた。
鍵屋さんを探してもらい 又、お隣さんにお世話になってしまったと思いながら、買ってきた荷物の中からささやかなお菓子を取り出して無理に受け取ってもらった。

 
H23/11
 

inserted by FC2 system