生き方を振り返った、ある日



気候が良くなったので老人ホームの、八十五才の友人と南センターへ買い物に行った。すこし歩けば地下鉄もあるが、年を考え、疲れないよう、老人ホームから往復タクシーを使う。
南センターの東急デパートにゆき、友人の娘さんお勧めの格安アメリカ製服、ホームにいては手に入らないお気に入りのパン、好きな佃煮など、いろいろ買っているうち荷物が増えてしまった。私たちは二人とも荷物入れと転倒予防を兼ねて、二輪または四輪の手押し車を持っている。帰ろうとデパートを出て道路に出たが、どのあたりの出口にいるのか方向が分からない。

同じときデパートを出ようとしていた五十代の女性にタクシー乗り場の場所を聞いた。「タクシー乗り場はすこし遠くなるので、この前にある道路をまっすぐゆくと、道幅の広い信号のある交差点があります。タクシーはそのあたりで拾った方がいいですよ」と教えてくれた。そのとおりに交差点に行ったが、まごまごしているうちに人に押され、タクシーを拾うどころではなく、駅近くまで来てしまった。駅のそばに陸橋があり、その上から下を見ると、橋の下にタクシーがたくさん並んで止まっているのが見えた。



さて、どこから降りてタクシー乗り場に行けるのかと探すとと、小さく「エスカレーター乗り場」と書いた表示が橋上にあった。その場所に行くと、エスカレーターに乗った人が橋のうえから地上に降りてゆくのが見えた。エスカレーターで降り、タクシー乗り場行こうと決めた。しかし私たちは荷物の入った二輪または四輪車を持っているので、よろけそうで注意が必要だ。

躊躇していると、私たちの後からエスカレーターにきた六十歳くらいの体格のいい女性から「お荷物お持ちしましょう。」と声がかかった。彼女は自分の手にしている小さいバッグを肩に掛け、私たちの買い物の入った手押し車二つを両脇に抱え、エスカレーターに乗った。ここで出会っただけの人に、こんなことをしていただいて、と私たち二人は恐縮した。Sさんはよほど感動したのか、お名前は、ご住所は、なんて言っているが、こんな見返りを全く求めていない善意の方にはこれは似合っていない。荷物を抱えてもらったまま、エスカレーターで陸橋から地面におりた。

礼を言って、地上に見えているタクシー乗り場に行こうとすると、「タクシー乗り場までお送り致しますから」と私達の二つの押し車を抱えたまま、タクシー乗り場の先頭まで付いて来て下さったのは有難かった。
私たちは六十歳くらいのとき、老人に対しこんなに親切にしていたのだろうかと、改めて今までの生き方を振り返っていた。



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