訪問



老人ホームに来て、Iさんと家が近くなったので、久しぶりに今年九十四歳になるIさんの家を訪ねた。子ども達が小学生だった頃、社宅の隣で、長男と同級の一人息子さんがあり、私たちは、毎日のように行き来していた。内職のお人形も手伝ってもらった。年に二,三回、長電話をして近況を話し合っているが、会うのは、十年ぶりとなる。

敷地の道路側にアパートを建て、奥にある小さい古い家に住んでいるので、庭が複雑な構造になっている。門の前に着いて、ブザーを探すが見当たらない。鍵は開いていたのだが車庫の前でうろうろしていると、通りがかりのお使いに行くような姿の中年の女性に呼び止められた。「この家のブザーが見あたら無くて」と言うと、「私はIさんを良く知っている近所の者ですが、私はいつもガレージから入っていますよ。」とガレージの柵を操作して外し、二人で敷地の中に入った。「Iさんはお年寄りですので、朝、夕二回、近所のものが、声懸けをしていて、私もその一人です」という。
Iさんは少しお洒落をして待っていた。



古い家はそれなりに改装されて、居間には十年前、私と一緒に新横浜の「カリモク家具」で買った薄いブルーの皮の応接セットが置いてあり、家電も新式で綺麗、すっきりと住まわれているのに感心した。居間のカーテンの奥にはご主人が亡くなられたあと、小学生の息子さんと上下で寝ていたという二段ベッドがまだ置いてある。電話をかけるといつも傍でキャンキャン啼いていた犬が見当たらないので聞くと、運動に連れて行ってやれなくなったので、「持参金付きで他所に預けた」そうだ。Iさんは昔と同じように痩せ型で、あまり変わっていない。逆に私は「貴女はあまり太ってしまったので、道で会っても絶対分からない」と言われてしまった。心に留めて気をつけよう。

息子さんは事業を起こされ、それが成功して、クラスの出世頭とも言われている。近くに住んでいるのに、この頃、一人暮らしの母親の家に、全く顔を出さないといって、愚痴をこぼしていた。夕飯を何にしょうか、といわれて、遠慮なくお寿司と答え、出前にきたお兄さんに私のデジカメで二人並んだ写真を撮ってもらった。

あれこれ、楽しくしゃべっている間にいつの間にか薄暗くなってしまった。すぐ傍にある大通りに出て、流しの空車タクシーを待ち、Iさんに見送られて中継の新横浜駅に向かう。駅ビルの眩しい照明の中で、若い人達に混じって、ちょっとした買い物をしていると、しばし自分が、老人ホームにいるのを忘れていた。




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