ファンファーレ

新国立美術館に行く。春もオルセー展を見に行ったが、この日は、昔の社宅仲間のAさんと二人である。電話友達も少なくなってきたが、同じ一人住まいのAさんとはいつも気楽に電話を懸け合っている。私の足の弱り方もよくわかってくれているので安心だ。

 十時半、千代田線の乃木坂駅六番改札駅で待ち合わせる。ここはエレベーターが美術館と直結していて便利だ。今展示されている独立展には産経学園の水彩教室の先生が出品されている。

 美術館に着いて先ず、独立展の会場へゆく。入り口の案内の女性に聞くと、すぐに先生の絵ある場所を教えてくれた。去年出品された絵とテーマが繋がっているピエロと動物の絵だった。二枚の絵が上下に飾られている。象やライオンの動物に囲まれて中心にいる赤い帽子を被り、赤い服を着た、太ったピエロ。この絵の中には哀愁もあるのかもしれないが、私には色も雰囲気もおおらかで明るく楽しい絵に見えた。暫くその絵の前に留まる。



何を表わしているのかわからない、ひたすら暗く難解な絵もあるが、それは書いた人に任せて、心に響いてほっとする絵ばかりに足が向く。あと三、四の部屋を回って外に出た。

普段と違った食事がしたいので、三階にあるレストランにゆく。Aさんに聞くとフランスの、有名なレストランの系統の名だそうだ。適当な値のランチを美味しく味わいながらいただく。そのあと下の階で飲み物を買い、周りに多数置かれている丸テーブルの一つに陣取って又喋る。

ゴッホ展も隣でやっていて気になったがもう、体力的に無理だ。時計が三時を過ぎているので電車が混まないうちにと帰途に着いた。

六番改札口から千代田線の電車ホームにゆくまで、真っ直ぐな通路をだいぶ歩かなくてはならない。杖代わりのキャリーバッグを頼りにのろのろと二人で歩いていると、後ろから来た七十歳くらいの女性が「この道のりが長くて嫌ですね」と話しかけてきた。その女性は「私は膝も腰も悪くて今もサポーターを巻いて歩いていますが、家にいてもつまらないので、いつも好きな所に出歩いています。府中の競馬も一人で行きますが、面白いですよ」と話す。

競馬・・・。思ってもいない言葉だ。とたんにテレビで何となくみている競馬場の高らかなファンファーレの音が聞えて、馬達が競って走るテレビ場面が目に浮かんできた。びっしりと埋めつくしている観客の一員になって手を振っている自分の姿を想像する。「馬券を買うんですか」。「勿論買いますが、結果にはこだわりません」。多摩センターに住んでいるそうだ

話をしているうち何時の間にか千代田線の乃木坂駅ホームまで着き、暫く電車を待った。三人の帰る方向は同じだが、電車が混んでいたので、三人ばらばらの席に座った。先ずAさんが一つ目の表参道駅で乗り換えのために降りる。またどっと人が乗ってきた。

 小田急線代々木上原駅のホームは終点なので、全員降りて乗り換える。さっき会った女性はホーム右の多摩急行に乗り換えだな、と思いながら、私は左の小田原行き急行の列に並んだ。

 肩を叩かれる。振り向くと先ほどの女性が立っている。「それじゃさよならね」とニコリとして彼女は反対側のホームに向かって行った。ちょっとの時間の付き合いで、違うドアーから出たはずなのに、私を見つけて挨拶されたのが嬉しくて、私の耳にはさっき聞いたファンファーレの音がまた小さく聞こえてきた。 
 


 H22/11

 


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