友人の体験

ある夜、友人から電話が掛かってきた。良く電話をくれる大学時代の友人で、今でも年に数回の海外旅行ツアーに参加をしている元気者だ。ずっと大学の先生をしていた。駅に近いマンションの五階、エレベター無しの九十平米位の部屋に一人で住んでいる。

自分の処に泥棒が入って、大騒ぎをした、という話をした。

夜、食事とお風呂をすませ、居間の椅子でくつろいでいた。うとうとしていて、ふと、気がつくと、同じ部屋の中に若い男の人が黙って立っているのに驚いた。外のベランダをみるとベランダにも三人の男がいてこちらを見ている。玄関ドアーは閉まっているので、たまたま留守になっている同じ五階の隣家のベランダ伝いに入ったのらしい。後ろ向きだが子供のような背の低い人も部屋にいる。怖くてすぐ、姪に電話をかけた。喋っているうちに不審な男はいつの間にか消えていた。

私は、泥棒がいても、電話を懸けられる状態ならば、いち早く「110番」またはマンションの管理人に電話をすればよかったのにというと、「姪の電話番号は暗記しており、すぐ出てくるから」と言う。

ベランダの三人の男達は、後から考えると、動かないので案山子だったかもしれないと思うともいう。男性に気がついて、どうしてすぐ廊下に出て逃げなかったのかと聞くと風呂上りで、外に出る服装をしていなかったから」と答える。

すぐ彼女の姪がやってきて、警察が来た。警察官は幻視ではないかといって、遠くのいつもと違うの病院に連れてゆかれ、検査を受けた。脳の画像を撮ったが全く萎縮していなかったそうだ。知能検査もしたが、どれも正常で、間違いなくすらすらと答えられた。

其の後の病院や警察には、姪御さんが全部対応されているそうだ。




こんな話をきいてから四、五日おいて、「いつもエッセイ教室に出す文の種に困っているので、この間のあなたのした不思議な体験をエッセイに書きたいから」と断って、私はもう一度彼女の話を聞こうと、電話をした。

部屋にいた男性やベランダにいた案山子のような三人の男の話は出てこず、今回の話に出て来たのは、居間のソファ―に座っていた三人の女性で、ベールを目深にかぶり、イスラム教の女性のようだったという。そこに背の低い子供が後ろ向きに立っていた。あまりに驚いたので部屋の外の廊下に出て交番に行こうとすると、二階の階段で知人に出合ったので、その知人に近くの交番へ知らせを頼んだが、知らせてくれた様子がなかった、という。前の話と違う。寛いでいて外に出られない姿をしていた筈だったのに、と言うと、パジャマの上着は着ていたが下はバスタオルを巻いていただけなので大急ぎでズボンをはいたと話す。

私は二回話を聞いたが、はじめとは話が変化し、有り得ない話ばかりである。「私も、警察官のいうよう、幻視だったと思う。貴女は姪御さんの言うことを良く聞いて」と言う。

彼女の家に、翌日福祉関係の関係の方が幾人も現れ、それから、ヘルパーの方が週二回来て下さるようになったそうだ。翌週から予定にして払い込み済みの中東への海外旅行はこの騒ぎで不参加となり、残念がった。

いまだ自分の研究した難しい専門用語など、すらすらと喋り、希望してクラス幹事を引き受け、自費で遠くまで電話をして、まめに報告してくれていた人なのに残念だ。

年を重ねると、自分だってこんな状態になることもあるかもしれない。
 
H23/02

 

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