大正生まれ 


 昔の職場、役所で親しかった五人が集まった。最年長の九十三歳のAさんをはじめ、八十八歳、八十六歳、八十四歳の、B、C、Dさん、と私八十五歳である。皆と会いたいとAさんから声がかかったので、電話を受けた私が幹事役を引き受けた。

この会はずっと当番制で、毎年行われていたが、幹事に当たっている昭和生まれの二人がそれぞれの事情で忙しく、そのままになっていた。Aさん、Bさん、Dさんの三人は田園都市線沿線に家があるので、当日は、青葉台駅の中央改札口に十一時三十分集合、と私が決めて皆に伝えた。Cさんの家は東横線日吉、私の小田急線は一番遠い。

最寄り駅からは二回乗り換えがあるので、大分余裕を持って家を出たが予定より遅れ、十一時十五分に青葉台駅改札口に着いた。未だ誰もいない。改札口に近いベンチに腰掛けて皆の到着を待った。



急行も止まる大きい駅なので皆はどの辺りから現れるのだろうと左右を見渡す。離れたどこかにいるのでは、と改札口を中心に辺りを歩いて探したが、誰もいないので又ベンチに腰掛けて待った。

集合五分前になっても誰も姿をみせない。この時間になって誰も来ないのはおかしいのではないか。私が日を間違えるわけはないが、念のため改札口近くに立って人待ち顔の紺色の服を着た女性に今日の月日を聞いて確かめる。とうとう定刻十一時半を過ぎても誰一人改札口付近に現れなかった。

十一時四十分になり、これはどうしてもおかしい、一人も来ないとは何か私に落ち度があったのか、もう一回りしてみようとベンチから立ち上がり、ふと後ろの方をみると私のベンチと背中合わせになっているベンチにB、C、D三人が腰掛けて喋っているではないか。

私を見るとCさんが「あら、Mさん、待っていたのよ、私は十一時に早く着いてしまってここにいたの」と言う。私は思わず「私は駅の改札口で集合、と言ったでしょ、改札口でなく、この後ろ向きの離れたベンチでじっとそこからに動かないでいても、改札口にいる人には見えないのよ」と少しむくれる。

Dさんが「ごめんなさい、改札口の方を見ると紺色の服の人がいたけれどあなたに気がつかなかった」というので「私はその人のすぐ傍にいたのに」という。B、C、Dさん三人は、久々に会い、すぐお喋りに夢中で、自分たちの座っている場所を、あとから来た者が探してくれるものと思っていたらしい。

傍に柴犬を連れた中年女性が立っていて私たちの会話を聞いている。Bさんが「この人は私の家のお嫁さん。お天気の日は犬を連れて一緒に散歩するのが日課になっているの」という。姑さんの友人の集まりに駅まで一緒に来てそこにとどまり、時々姑たちの話しに加わっているその様子に、出来たお嫁さんだな、と感心する。

さて、肝心の一番年長のAさんがまだ現れていない。昨夜、「とうとう明日になりましたね。私地元だから早めに改札口に行ってお待ちしています」という電話を貰っているので、忘れているわけは無い。

もう定刻を二十分も過ぎている。Aさんの電話番号を控えてこなかったのは自分のミスだったと後悔していると、「見えましたよ」と言う声。遠くにカートを押して駅に入って来るAさんの姿が見える。全員がかけよってゆく。「良かったわ、来てくださって」と言って、後は誰も何も言わない。

集まってからタクシーでまだ秋の田園風景の残っている近くの「寺家の里」のレストランにゆく予定だったが、風が冷たいのでそのまま駅隣のデパート五階の食堂に変更して、デパートの入り口へと向かう。

入り口まで付いて来たBさんのお嫁さんの明るい笑顔と悧巧そうな犬のまなざしの見送りを背に受け、なんとなく暖かいものを貰ったまま、五人、次々とデパートのエスカレーターに乗った。
 
H21/01

 

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