駅まで


 春の晴れた日の午後、家を出る。この間まで、輝くように白く咲いていた梅林の花は何時の間にか終わり、臙脂色のガクだけになっている。

  駅のほうへと向かって歩く。かつてこの道の角には五月が近くなると三十くらいの鯉幟がゆうゆうと泳いでいる広い畠があった。夏になると畠の端に屋台小屋が出来て、畠でとれたトマトや茄子、胡瓜を売る。私達のような家の近いものは、店番をしているおばあさんと世間話を交わしながら、新鮮な野菜を買っていた。

  二年前、代が替わり、畠は姿を変えて小さく区分された分譲地となり、今、売り出されている。先ず一軒が建築中である。おばあさんは体調をくずしているそうでその後会っていない。



  道を曲がった坂道の途中にある神社のしだれ桜は未だ五分咲きである。神社の横に桃色の濃淡がとてもきれいなボケの花の咲く家があった。毎年春に前を通ると、このボケにとても似合ったおっとりとした白い犬が垣根から顔を出していたのを思い出していた。(16年3月のHPにも書く)その家も昨年秋、アパート兼の二所帯住宅になる。狭くなった庭にはもうボケの花は見当たらない。

  坂道を降りきったところに屋外の大きい屋根の下で花苗を売っている園芸店がある。よほど急いでいない限り、いつも其処には寄り道をして中を一周りする。時々の彩りを見せる花苗を左右眺めながらゆっくり歩くのは心が休まるひとときである。

 この日はパンジー、金盞花、だるま草、マーガレット、マリーゴールドなど。最後に球根の箱があったのでダリアを一袋買った。

  銀行前で、隣組の奥さんと出会う。同居する認知症の実母さんの様子を聞く。

 私より三歳上のお母さまは茶道の先生で以前何回かお宅にあがって、抹茶を頂いた。年を取ったら近所で一番親しく付き合いたいと思っていた方なのに残念だ。
  駅の傍にあるかかりつけのクリニックに着く。三時過ぎに行ったのに十一人待ち。折角来たのだからと覚悟を決めて其処にある週刊誌を読むことにする。マスクをつけた風邪引きの人が多い。

 やっと名を呼ばれる。一ヶ月毎の受診なので簡単な検査ですぐ終わった。

クリニックを出て久しぶりに隣にある食堂に入る。時間が半端なので先客は一人しかいない。日替わりを頼むとハンバーグをコロッケ風に揚げたものが出てきた。これに切干煮、豚汁がついていてどれも私の口に合って美味しい。

  駅の南口から北口に行くため、駅のエスカレーターの入り口に行くと修理中で動いていない。傍に付いていた警備員が隣にあるエレベーターを黙って指さした。

十七、八年前、もう身体の弱った夫が、駅の南口だけに一つ、初めて出来た昇りエスカレーターを、とても喜んでいたのを思い出す。

  北側のスーパーに入る。スーパーの大きいカートを押して歩くのはとても楽で、身体をすいすいと運んでくれる。いつものように帰りはタクシー乗り場に行く。

  見慣れた景色の坂道をのぼり、家の近くの道を曲がると、自動になっている玄関の門灯が明かりを点していた。
H18/04

 


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